認定太宰府市民遺産

第1号「太宰府の木うそ」


育成団体:太宰府木うそ保存会

毎年1月7日夕刻に行われる太宰府天満宮の鷽替え神事に用いられる木うそを、その製作技術、原木の栽培、後継者育成を「育成活動」として行い、将来に伝えていく取組みです。
伝統的な技術を継承している太宰府木うそ保存会が提案しました。

木うその物語
 年のはじめ、正月7日に太宰府天満宮で行われる鷽替神事(うそかえしんじ)。その時、参加者が持ち寄るのが「木うそ」です。
 太宰府の木うそは、万治年間(1658 ~ 1661 年)製作と伝承される絵図が『天満宮御一代記・絵本菅原実記』に記され、また太宰府天満宮の鷽替神事は、貝原益軒(かいばらえきけん)が貞享二年(1685)『太宰府天満宮故実』の中で
「正月七日の夜はまづ酉の時ばかりにうそがへといふ事あり」
と紹介しており、400 年近い歴史を持っています。

 木うそは、鷽という実在の鳥がモデルです。毎年冬から春先にかけて、市内でも山の桜の枝などに飛来しています。
 太宰府には鷽にまつわる複数の伝承があり、太宰府天満宮や菅原道真、あるいは祭事に参加した人々を救うとされ、鷽は身に降りかかる災いを除いてくれるありがたい鳥、天神さまのお使いとも言われています。この鷽を木で形作ったものが木うそです。さらに、木うそは神事の祭具であるとともに、太宰府を代表する伝統的な民芸品であり、昭和58年には福岡県知事指定特産民芸品に指定されています。
 しかし平成のはじめ頃、職人の急激な減少や木が入手しにくくなったことから太宰府天満宮の門前町で木うそが見受けられなくなってしまいました。そこで伝統民芸品の存続危機の状況に地元の有志が中心となり、木うその製作技術の伝承と原木育成を理念とした「太宰府木うそ保存会」が平成10年に発足し、現在も太宰府天満宮とともにその活動を続けています。

木うそができるまで
 木うその原材料はホオノキやコシアブラなどが使われます。保存会は木の育成から行っています。
 木は昔は近くの山で取れていましたが、現在では大分県の九重町や中津市までとりに行っています。伐った木はすぐに皮をむいて日陰で数ヶ月から1年ほど寝かせて使用します。
 木うそは会で決めた大きさと太さがあり、切りそろえた素材を何度もノミやカンナで削って下地を整え、目、頭、胸をくり込んで、「はね上げ」という工程で木肌を薄く連続して削って重ね、羽を表現します。

木うそ製作工程跳ね上げ
はね上げ

 彩色は赤、緑、黒の順番で描き入れます。最後に梅の模様や太宰府の文字を正面に入れて完成となります。
木うそ製作工程彩色
彩色